上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--_--_--


もうすぐ8月も終わりますね。
皆さまはいかがお過ごしでしょうか?

今年の夏はこの数年の中で一番穏やかに、ゆっくりと暮らす日々を送りました。
夏休みもゆっくり頂戴いたしましたし、感謝でいっぱいです。

平凡な日常を丁寧に整えることは私の基礎の部分なので、ほんとうに幸せです。
庭の草木のお手入れと、
部屋の模様替えと、
気になっていたカーテンのお洗濯をしたり、
食事を手づくりしたり、
お昼寝したり、
このペースはとても快適です。

自由な時間は、心と身体が、そして魂がのびのびしていきます。
もっと、自分のペースで生きていいと自覚しました。


氾濫する情報は私たちを幸せにしてくれているのでしょうか?
幸せはすぐ目の前にあることに気づくことが
未来の幸せに繋がっていくのです。

今、幸せを感じることができないなら
恐れずに、目の前の道をゆっくりでも進んでみるとよいですよ。

今、決められないなら
それもまた人生と受け入れるのもよいですよ。

変化を望んでいなくても
生きることは変わっていくことのようです。
10年前、20年前の自分に何があって何が足りなかったか、
過去は振り返り反省するためにあるようです。
私たちは、成長という変化を繰り返して生きているようです。

もっと、のびのび生きていこう!と思います。








スポンサーサイト
2016_08_29


人の振り見て我が振り直せ。

そんなことわざがありますね。
振りとは、態度、言動などでしょうか。
鏡の法則とも言います。

最近、驚愕の知人の態度に、
私自身は襟を正すことをさせていただきました。

知人は日ごろから「…こうであるべき!…だから許せない!」を口癖にして
常に自分の正しさを主張しております。
実際に、自分が同じ失敗をした時、
どのような行動に出るのだろうと思っていましたら、
まず、言い訳を言い、自分を擁護し、法的には問題でないから…
(大したことではない)と言い放っておりました。
正直、驚きました。(汗


未熟なもの同士が生きているのが この世です。
誰でも失敗という経験をして学び成長していきます。
人には寛容さを持って、自分自身は謙虚さを持って
日々をすごしたいと思っております。

自分の周りでおこる出来事は絶妙なタイミングの必然です。
人の言動は、自分を顧みる鏡です。
苦手な人や不愉快なことが目の前に現れたら
「いろんなあるな〜。私は大丈夫?」と深呼吸をして
客観視して、くじけずに進もうとおもいます。

個人的ですが、そろそろ次のプロセスへの移行のサインかも知れません。

今日も生かしていただいてありがとうございます。
2015_09_06


あすとらんてぃあ

星の花ことば


メインのブログをお引越しいたします。
2008年8月10日より、ときたま更新の 【風花雪月aquarune】は愛着がございます。
写真や書籍のアップロードがスムーズにいかないという諸事情により
お引越しいたします。と思ったのですが、
やはり、
お引越しを訂正いたします。
申しわけございません。

ご興味のある方へ、
ときたま更新にはなりますが、
あらためまして、
お時間があるときの、ご訪問をお待ちしております。 (*^_^*)




画像中心のブログ 【星の花ことば】
記事やご案内のブログ
 【風花雪月aquaruneアクアルーン】


ホームページは aquaruneアクアルーン


橘 更紗

2015_07_27


何か見えたからといって騒がないで欲しいのです。
もし、あなたの大切な人が旅立ってあなたに何か伝えたくて行っているサインかもしれません。
逆に自分がスピリットになって家族に怖がられたら悲しくなりませんか・・・。

あなたの大切な人がいる世界を恐怖や暗闇と思わないで欲しいのです。
もし仮に驚かせる目的のスピリットなら思う壺です。
スピリットが現れるときは意味があります。
でもスピリットが見えるから霊能者ではないのです。
霊的な世界を受け入れて成長してほしいとのご守護霊のサインかもしれません。
誰もが霊的な感性は持っています。
私たちは肉体に入った魂の存在ですが、さまざまなスピリットはその肉体ありません。
時間、空間を超えて存在する、私たち人の大先輩であり、はじまりのひとつと繋がっています。

守護霊をはじめとする善霊は決して私たちに楽な生き方をさせてくださらないようです。
なぜなら、人間として生きることは、個性を生かしこの世に貢献して生きることに合わせて
さまざまな苦楽を味わうことも、テーマのようです。
苦しいとき、どう生きたらいいか。それでも生き続けることで
悩み苦しみ葛藤し行く中で喜びを発見し私たちの魂は成長していくのです。
それを見守っていらっしゃるのが守護霊の方々です。
ご先祖をはじめとする、まだ旅立って間もないスピリットは感性も人と同じですので
いろいろ関与もあるようです。
けれども、亡き母が言っているので、と人生を決めますか?
もしくは、そのとおりにしないと祟りや禍がおこるかもとしてしまうのはいかがなものなのでしょう。
人は霊になっても、その人格(霊格)のまま、そこに居るのです。意見を押し付けるスピリットはそのように、
子どもを育てる場合は手出しをしないことも多々あるように、距離をもって見守るスピリットもいらっしゃいます。
すべて、個性です。そして、ひとつの意見です。

霊能力は人格とは関係ありません。
当たるから人格者なのではありません。
見えるから霊能者でもありません。
だからこそ人として霊的に生き、魂を磨くための試練も経験しなくてはならないようなのです。
だからと言って、試練を経験したから霊能者になれるのではなく
さまざまなスピリットの支援を得ることができて
はじめて自分も癒やされ人を癒すことができるのです。
生まれる前に決めてきたカリキュラムの進み具合と時期が来ると
その支援を得ることが出来るようです。

霊能者は背後にいるガイドの方々を自己の霊性と共に常にチェックする必要があります。
例えばこの世でどんな方々も定期的に研修があるようにです。
例えば自然霊の中の天狗霊さま
天狗さまのお寺に参拝しました時、突然ある人が叫んだというのです。「イタタタ・・・鼻が痛い!」と
「鼻が高いと」「鼻を折る」と言うことわざがありますが、ご本人は、「天狗さんは鼻がサインなんだ。」と解釈していまうことがあったようです。日々、自分の未熟さを知り、霊的世界に敬意をもって謙虚に生きるかことが、魂の成長を早めていくようです。

私たちが生かされている地球、自然、スピリット、出会う人、生業の仕事、自分の身体、こころ
全てなにひとつ無駄なものはありません。
けれども、お仕事や年収や容姿などは、あの世に行くときはおいて行かなくてはなりません。
この世を離れても変わらないのは、心のあり方(人格)なのです。
生前、控えめで優しい方はスピリットになってもその個性で現れてくださいます。
強引な方もまた、しかりです。。。

霊的に生きるとは心のあり方と、どんな時も自分の魂を大切にする生き方です。
生かされている自分に感謝して、全てのものに敬意をもっていくことが
見えない世界からのサポートを得られるはじめの一歩と感じさせていただきます。

そして、不思議な出来事は何の意味があるのだろうと
自問自答することからガイドとの対話が始まると言われています。

知れば知るほど敬意と感謝の思いがこみ上げてきます。

生かされていることに感謝して、日々精進です。




テーマ : スピリチュアルライフ    ジャンル : 心と身体
2014_10_14


20140726 041 (400x300)
伊勢二見浦からの朝日

旅に出ると、「朝日が出る!」と教えてくださるスピリットがいらっしゃいます
勝手な解釈として、その土地の朝日のエネルギーを感じる必要があるからと思っています。


わたしがどこに居たいのか、行きたいのか、はっきわかった瞬間があります。
いつもそれはドラマチックな展開の中で気づくのですが、
もうすぐ2年前になります病床において術後間もないときの、まだ目も開けられない状態の時でした。
意識が戻ってベッドでせっせと走り書きをノートに記していたものです。
身体が動かないときほど、魂の意識レベルはさまざまなことが鮮明ではっきりと見通せることを、
数度目の臨死体験により知ったのでした。

そして、人間としてこの世を生きている限り、本をめくるように、映画のワンシーンのように
突然変わることができないもどかしさも感じていました。

2013年末~2014年の7月までの約半年は、自分に正直になるための悪戦苦闘の日々でした。
「違う」という感覚をはっきりとさせるための経験をしながら自分を解放してきたようです。

言葉にできない部分もありますが
はっきりわかることは、人として、この世に顕在し生きていることがスピリチュアルレッスン(霊的に生きること)
であって、修行のように霊的な訓練をすることを、私は喜びとしないということです。
誰かに認められるために生きることは、ほんとうの自分から遠ざかってしまうものなのです。
私たちが目の前の出来事がおこっていることに、または関わっていることに必然性を認めていくと、
誰もが素直に謙虚に、学び気づき、そして、人と比べることもなく、優しく調和をもって生きることが出来るのでしょう。
全ての出来事は良い悪いではなくて、永遠に成長し続ける魂の通過点のようです。
そして、もうひとつ、私の喜びでありますスピリチュアルメッセンジャーとしてのセッションのスタイルを
もっとナチュラルにしていくつもりでおります。
私なりに最善を届けたいと思っています。

話変わりますが、
年齢的にシニアグラスが必要かと思うのですが、今のところ全く不要です。
ただ、近視が進んでいるので、その理由は私が見たくないと思っている「見たくないものを見たくないという。」
恐怖からくる霊的な問題と思いこんでいたのですが、ふと、思ったのです。
「真実を見る目をもって、しっかり見ていない。」というメッセージなのではと。

そして、余談ですがお尻の問題、痔で苦しまれている方がいらしたら、
それも地に足を付けなさいではなくて
「頑張りすぎですよ。」というメッセージではないか、と言うことをお伝え申し上げます。
ご家族の誰かにいらっしゃったら、あなたの優しい一言で楽になるのかもしれません。

猛暑の折、お身体を大切にされてください。








2014_08_05


04  « 2017_05 »  06

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

プロフィール

橘 更紗 Tachibana Sarasa

Author:橘 更紗 Tachibana Sarasa
スピリチュアリスト
スピリチュアルメッセンジャー
ヒーラー
催眠療法家
植物療法家

より良く生きるためのご相談、人生の目的を見つけるお手伝い、天国にいる大切な方からの伝言をお伝えすることなど、今、必要なメッセージをお伝えするスピリチュアルセッションを行っております。

個人セッション

60分13000円(対面のみ、スカイプ共)詳細、ご予約可能なお日にちについては下記リンクの aquarune更紗HPをご覧ください。

名前:
メール:
件名:
本文:

QRコード

QRコード

月暦




page
top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。